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『かもめのジョナサン』リチャード バック


かもめのジョナサン: 【完成版】 (新潮文庫)
リチャード バック
五木 寛之(翻訳)


生きるために飛ぶ仲間たちの中で、ジョナサン一羽だけが飛ぶことの意味を追求し始める。
群れを追い出され孤独になっても一心に飛び続けたジョナサンは、新たな出会いの下更なる高みの世界へと上り着く。
後に続く若者たちはジョナサンを神格化し、行為は儀式化されていき・・。


言わんとしていることは何となくわかる。
すぐ読めるのでたまに読み返しても良い。
ただそれほど自分の精神世界に影響を与えるかと言うとそれは無い。

年齢のせいか、様々な本に出会ってきたからか。
この作品、10代の頃読んだような読まなかったような・・・こういった本よりも太宰やら三島やらを読んでいた気がする。

ベストセラーとなったのは所謂スピリチュアル文学の走りだったからだろうか。

2015.6
★★★☆☆

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2015年6月27日

ruru (15:44)

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『エーミールと探偵たち』エーリヒ・ケストナー


エーミールと探偵たち (岩波少年文庫 (018))
エーリヒ・ケストナー (著)ヴァルター・トリアー (イラスト)池田 香代子 (翻訳)


久しぶりに読む機会があった児童文学。

あらすじはすっかり忘れていたが、やはり名作と言われるだけあって良い話。

エーミールや子供たち、周りの大人たちの心情など細やかな描写に心が動かされる。

都会での冒険談、新しい友達、家族の愛・・大人が読んでもぐっとくる。

トリアーの挿絵も雰囲気が合って素晴らしい。

読了日:2015.5.
★★★★☆

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2015年5月27日

ruru (15:47)

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『思い出のマーニー』ジョーン・G. ロビンソン

孤児のアンナは心を閉ざし養い親のプレストン夫人にも馴染めずにいた。
ノーフォークへ静養にやってきたアンナは、マーニーという不思議な少女と出会い親友となる。
世界が変わり始めた頃マーニーは突然姿を消すー。

ジブリの映画化で興味を持って読んでみた。
児童文学の名作というが、知らなかった。

繊細な少女の心情に寄り添う情緒的でありがちな話のように思えたが、読み進めるうちに意外な展開を迎えた。
マーニーの正体に驚かされ、アンナの成長を目の当たりにし、あたたかい気持ちになれた。

ファンタジー要素もうまく溶け合っている。

映画を見に行く予定はないが、舞台を日本に変えた影響は気になるところ。


読了日:2014.8.
★★★★☆

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2014年8月21日

ruru (11:47)

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『冬の犬』アリステア・マクラウド

カナダ東端の島ケープ・ブレトン。
吹雪、海、家畜、犬、祖父母の記憶・・極寒の島での人々の営みの物語集。

ケープ・ブレトン島は、プリンス・エドワード島の隣だとか。
『赤毛のアン』で馴染み深いプリンス・エドワード島は四季が豊かな島という印象だったが、こちらでは灰色の世界が広がっている。

スコットランド移民の誇りと島での暮らしは、閉鎖的な印象を与える。

開拓者である彼らの暮らしは粗野で荒々しく逞しい。
抑揚の無い文章の中に息づく人間の営みに強い生命力を感じることができた。

この島出身の著者が自らのルーツを紐解くような物語集で、見知らぬこの島について全てを知ってしまったような気持ちにさせてくれた。

読了日:2012.9.19
★★★★☆

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2012年9月20日

ruru (12:56)

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『華氏451度』レイ・ブラッドベリ

あらゆる書物が禁じられた世界で、人々はテレビとラジオからの一方的な情報のみで暮らすことで満足していた。
焚書官モンターグの仕事は密告を受けて本がある家を燃やすことだったが、 出動を重ねる度にこの世界への疑問と本への興味を募らせていく・・。

レイ・ブラッドベリが6月6日に亡くなったと知り、追悼読書。
はるか昔の作品で自分も随分前に読んだきりだったが、今読んでも内容は瑞々しく新鮮である。

華氏451度は、紙が自然発火する温度のこと。

一方的な情報の海に身を任せることで思考を放棄し、無感動で情緒のない人間たちが多数を占めている世界。
沸き上がる感情を処理するためには、ハイスピードで車を飛ばすか薬を大量に飲んで眠るしかない。

焚書官モンターグも、自分の中の疑問や葛藤を心の奥にしまいこんで職務に当たってきたが、様々な経験を積み重ねる中で本を欲するようになる。
本を始末する最前線にいる焚書官だからこそ、本や持ち主たちと触れる機会があるというのが皮肉である。

元教授の老人は言う。

なにがゆえに書物が、恐れと憎しみの対象になるかもおわかりになったと思う。人生という顔の気孔をもっているからで、安易の世わたりだけを望んでおる人たちは、蝋のような、月面のような、気孔なんてもののない無表情の顔をよろこぶものだ。

つまりは、国民そのものが、本を読むことを忘れてしまっておる。禁じられたから、読まんわけじゃない。

政府が禁止したから仕方なく思考を停止したのではなく、人々が望んだ結果が今の状況をもたらしているという指摘。

この小説が書かれたのは1953年。
急速にテレビが普及する社会への警鐘だったようだが、解説でノンフィクション作家の佐野眞一氏は、今の日本の出版事情や社会を見れば、本作品に描かれる未来は決してSF小説では片付けられないとまとめている。

テレビ・ラジオに加えインターネットの急速な普及で、活字離れは更に加速している。
電車内では大人もゲームに興じているし、本のあらすじも感想も検索してつなぎ合わせて終了という人も多いという。

古さをあまり感じさせないのは、この作品が発する警鐘が現代にも続いているからだろう。
しかしこの警鐘も結局"本"というものを読まないと受け取れないという矛盾があるのがもどかしい。

読了日:2012.7.
★★★★★

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2012年8月 6日

ruru (23:16)

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