天童 荒太の最近のブログ記事

『家族狩り』天童 荒太



家族という存在に葛藤を抱える高校教師の浚介、児童相談センター職員游子、刑事の馬見原。

問題のある家庭での殺人事件が起こる中三人の人生が交差していく・・。

ずいぶん昔に一度読んだ作品。
最近ドラマ化されて予告を目にするようになり、内容が思い出せずにもやもやしたので再読してみた。

家族について考えさせられるようでいてそれほど深みもないような・・。
ミステリとしては展開が面白く、文章も読みやすいので文庫5冊分もあっという間に読み終わった。

読了日:2014.8.
★★★★☆

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2014年8月31日

ruru (00:21)

カテゴリ:国内ミステリー天童 荒太

『悼む人』天童 荒太

 

悼む人悼む人 (2008/11/27) 天童 荒太

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第140回直木賞受賞作。
事件・事故に限らず、人の死んだ場所で”悼む”行為をしながら日本全国を旅する坂築静人。
彼は一体何を思いこのような旅を続けているのか?

購入後かなり長い間放置しており、やっと読む気になれた。

”悼む人”である静人は、死者が「どんな人に愛されたのか、感謝されたのか」を周囲に聞きこみながら、その死に場所で独特の儀式を行いながら日本中を旅している青年である。

静人の行為は完全に自己中心のものでしかなく、心を閉ざした狂気の世界だ。

しかし、彼のことを気味悪く思う者が多いとは言え、時に遺族の気持ちを和らげ救うこともある。
”いつまでもその人の存在を忘れずにいて欲しい”という遺族の願いを受け止めてくれる存在だからだろう。

人は近しい人の死ですら、時と共に思い出とし、乗り越えて自分の人生を歩んでいくものだ。

それは悲しみに明け暮れて前進できなくなることへの防御本能でもあり、平等に訪れる死を冷静に受け止めている証でもあると思う。

死を軽んじてはいけないが、静人のように死に囚われるのは愚かなことだ。

純粋さは嫌悪すべきものではない。
静人の気持ちが切なく伝わってくるところもある。
しかし、いき過ぎては自らの首を絞める諸刃の刃とも言える。

作品では、静人に惹かれていく人物として、人の死に慣れ過ぎた裏ジャーナリスト蒔野と殺人の前科者倖世が登場する。
極端な人物像だが、純粋に死を受け止め続ける静人と相反する人間として描かれているのだろう。

二人は静人とは別な意味で死に囚われている。
そのため、相反するようでいて静人とは紙一重、彼に強く惹かれるのである。

「死を追い続ける静人・蒔野・倖世側」、「生にこだわりつづける坂築家側」と物語は視点を交互に変えながら進んでいく。

愛が溢れる家族に背を向け、自分の母に死が迫っていることも知らずに他人の死を悼み続けている矛盾。

最終的に、静人にとっては母の死ですら赤の他人の死と同等になったのではないかと感じた。
平等に人を悼むということはそういうことだろう。

生きているからには常に死がつきまとう。
生があってこそ死があるのであり、それは決して切り離せない影のようなものである。

静人は影に取り込まれてしまっている。

”巡る”という文字を使った名前の母巡子は、最後に孫の誕生を見届けて旅立った。
生は確かに次の世代に受け継がれたのだ。
肉体は滅びても家族の中に巡子は生きていく。

最後まで生きようとした巡子だからこそ後悔のない旅立ちができたのである。
母の愛が届き、静人が”こちらの世界”へ戻ってくることを願いたい。

作品全体の感想としては、詰め込み過ぎている印象を持った。

読後感が何となくすっきりしないが、読み応えはあり、作者が時間をかけて構想した大作であることは確か。

読了日:2009.10.
★★★☆☆

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2009年10月29日

ruru (00:30)

カテゴリ:国内ミステリー天童 荒太

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